何だか腕が張って、何をするにも億劫って感じですね。
というわけで、今日も志ん生のCDを聴いていました。
今日聴いていたネタの一つは「火焔太鼓」。
このネタ、志ん生のを聴くのは初めてじゃありませんし、他の噺家さんが演じるのも何度も観たり聴いたりしています。
このネタ、志ん生のも十分面白いのですが極私的にいいますと、次男であり弟子である古今亭志ん朝師匠のものの方が好きですね。
志ん朝師匠の場合、実にテンポ良く話しが進められますので、志ん生のを聴くとどこかまだるっこい印象を覚えてしまうのです。
しかし、志ん朝師匠が演じる「火焔太鼓」にも志ん生の言語感覚が生かされており、志ん生によるギャグと志ん朝師匠のテンポの良さとが一緒になることにより、志ん朝師匠の火焔太鼓はより一層巧く面白い作品になっているように思えます。
「火焔太鼓」といえば、まだ聴いたことがなく機会があれば是非聞いてみたいのが、先代の金原亭馬生によるものです。
ご存知の方も多いでしょうが、先代・金原亭馬生とは志ん生の長男であり志ん朝師匠の兄、女優・池波志乃の父でありますから「中尾巻き」の中尾彬の義父にあたります。
今でも放送されているのでしょうか、以前NHKで夜9時30分ごろ「ラジオ名人寄席」という、玉置宏さんが案内役のラジオ番組が放送されていましたが、この番組でたまたま、先代・馬生の噺を聴くことがありました。(ネタ名は失念しましたが・・・)
先代・金原亭馬生も実に巧い噺家さんでして、噺家としてこれから脂が乗るという時期に他界されたことが、かなりの年月が経った今でも惜しまれてなりません。
江戸下町コトバをちゃんとしゃべられる噺家さんって、以外と少ないんですよね。
先代・金原亭馬生はそういったコトバが何の苦もなくしゃべられる、数少ない噺家さんでした。
先代・馬生の話芸とともに、きちんとした江戸コトバによる噺が聴きたいという理由もあり、馬生の「火焔太鼓」が聴いてみたいと願っているわけです。
馬生の弟、志ん朝も江戸コトバを自在に操れる噺家さんでした。
志ん朝といえば・・・
私、カミングアウトをして白状しますと「落語家になりたい!」と思った時期がありました。(若気の至り故、ご勘弁下さい)
しかしあるとき、TVで志ん朝によるネタ「大工調べ」を観たとき「こりゃ駄目だぁ・・・」と思ったのです。
「大工調べ」の見せ場は、大工・与太郎の棟梁が、与太郎の家主に啖呵を切る場面です。
志ん朝による啖呵は、実にもう「立て板に水」でして、特に啖呵のラスト「その芋食って死んだ奴が何人いるかわかんねえぞ、この人殺し!」というときの巧さときたら・・・「とても真似できない」と思い、落語家には絶対なれないと痛感したのです。
あれから十数年経った後の今でも勿論真似できません。
そんな私にとって特別な思いがある志ん朝師匠も他界されてもう5年以上経つでしょうか。
私の住む町の近くで志ん朝師匠の口演が予定されたことがあり、母に是非聴かせたいと思いチケットを購入したのですが、楽しみにしていた口演が開演日の数日前に突然のキャンセル!
実はキャンセルになる数日前に、志ん朝師匠は倒れられ病床の身になっていたんですね。
私自身が志ん朝師匠が大好きだったことに加え、母に志ん朝師匠の噺をみせてやれなかったことが、当時非常に残念に思いました。
その数ヵ月後、志ん朝師匠は他界。
そして私が生の落語を見せたいと思った母も3年前の12月に他界しました。
私の志ん朝師匠への思い入れは、これら2つの出来事と大いに関係しています。
今日は志ん生のことがメインでない投稿になりましたこと、お詫び申し上げます。
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